「発達障害に関するアンケート」というのを毎日新聞(教育取材班)が首都圏1都3県のフリースクール等を対象に実施することになりました。それに協力しました。主にアンケートの該当スクール(約300)への発送です。
およそ60スクールの回答を得て、いずれ毎日新聞紙上で発表されるはずです。私は手元の回答のコピーをみながら「発達障害の見方」が出てきた"功罪"をまとめてみたいと思います。
発達障害は、とくに不登校や対人関係上の問題として、教育関係者に広まったものだと思います。元々の出典は医学であり、それが心理や教育の分野に伝わってきたのです。
私は若いころある大学病院の事務員として、小児科を担当していたことがあります。もう40年も前のことです。そのころは発達障害というのではなく、カルテ(診療録)には、発育不全、発育遅延という症状記述がありました。主に幼児の身体上のことを述べたものです。おそらくそのころから、いまの発達障害といわれる症状はあったのでしょう。しかし数も少なく、視点も明白でなかったのでしょう。
(1)「発達障害はいつごろから増えているのか」
アンケートには「発達障害と思われる子どもの在籍数は増えていますか。増えているのなら、いつごろからですか」という設問をしました。
- 増えているのか
- 増えている…35スクール
- 変わらない…5スクール
- その他(データがない、気にならない)…3スクール
- いつごろから増えているのか
- ここ数年…2スクール
- 1〜2年前…3スクール
- 2〜3年前…4スクール
- 3〜4年前…7スクール
- 5〜8年前…6スクール
- 9年以上前…5スクール
この数値は、客観的な発達障害の子どもの増加というより以上に、それを受け入れる教師側の意識を反映しているように思います。5〜6年前から増えているように見えますが、必ずしもそう限定されるのではないでしょう。「増えているのか」の問いに「気にならない」と答えているのは、実はそういうことと関係しています。実は不登校情報センターに集まってくる当事者においても同じように思うからです。
(2)発達障害の背景
「増えた背景として気づくことがありますか」は、項目選択ではなく自由記述式の回答です。回答は項目列挙ではなく文章ですから、複数の背景を挙げているので数値化しずらいのですが、いくぶんはグループに分けてみます。
子供の肥満と物理教育
[a]
- 発達障害の考え方が広まった…7
- 一つの子どもの見方ができた…2
- 様々な場所で診断されている…2
- 教師の指導法に(行政施策として)入った…3(教師の意識)
- 不登校等の理解の深化…1
[b]
- 対人関係の許容範囲が狭くなった…2
- 対人関係能力(友人、異年齢、遊び)の低下…4
- 社会の均質的の中での目立つ子への寛容度の低下…1
[c]
- 家族、父母と子どもの関係が崩れた…3
- 親の過保護・過干渉…1
- 家族の社会性の欠如…1
- 地域社会と家族・子どもの関係のうすれ…1
- 障害児を育てる親の意識の向上…1
[d]
- 晩婚化、酒、タバコ、電磁波、食べ物、大気汚染、環境ホルモン…3
- 情報過多…1
- マスコミ報道…1
[e]
- 子どもの特性…1
- 先天的現代病…1
- 医学的進歩(発達障害など)…1
[f]
- フリースクールの対応力・進路先…2
この表は、より本格的な調査(統計学的に意味のある)をするための予備調査のような性格になるもので、そう重くとらえることはできません。ある程度の傾向は知ることができます。
しかしこれらの背景はお互いに関係しあっているものがあると考えられます。いずれそれぞれの項目のところから、背景をみていくことになりますが、それは今回は省きます。もう少し大まかにいきます。
(3)発達障害という見方の広がり
- 「発達障害がクローズアップされてきたこと」
- 「増えたのではなく、一人ひとりの子どもを視る目が出来てきたと思います」
- 「発達障害の考え方が受け入れられた」
- 「発達障害というカテゴリーが出来たためという印象があります。
内々の特性という視点ではなく、障害という枠ができ、すべてその枠で考えようとなってきた印象があります」
これらの回答は1つのことをいろいろに表現しています。私が関わる人たちの状態でも、ひきこもりということばが社会的に広まるとひきこもりの人が増え(たように思われ)、ニートということばが生まれるとこれまで特別の状態とは思われなかった人がニートと考えられ、また当人もニートと認識するのです。
知的リーダーシップとは何か
この同じことが発達障害ということばでもみられます。これが増えた背景にあります。しかし、その一方で、現実にすでにそのような人がいた、しかも元々かなりいたけれどもこのように意識しなかった人が意識する、意識され、カウントされるようになったのです。これはことばのもつ1つの力であり、魔術でもあります。
ことばによって意識されたこととは別に、実在数として増えている、だからいまこの時期にそのことばが広く認められたわけです。となるとより本質的にはなぜ実在的にも増えてきたのかが問われるわけですが、それはここではひとまずおいておきましょう。それを語った回答も少しありますが、あまり詳しく説明はしていません。
教育という場での優れた人たちは、それが発達障害と名づけられようと名づけられまいと、一人ひとりの子どもの様子を見て対応していれば、子どもは育つ(発達する)ことを感じているように思います。
そのような実践をされている人には、あえて発達障害ということば(見方)は必ずしも了解事項ではないように思います。
(4)発達障害の子どもの状態と、学校の改革
- 「べつに子どもは変わっていないと思う。社会が変化し、暮らしが変化した。『発達障害』というくくり方はあいまいで、多くの人に当てはまるような錯覚が広がっている。学校現場で異質を排除する方向にシフトしたことで、民間のフリースクール・フリースペースに集まってくるようになった」
- 「不登校、いじめ、暴力、そして発達障害と次々テーマを変えて語られる学校現場の問題について、これまでどの対策も失敗していることに目を向けて欲しい。結局、問題は何なのか? 不明にし、複雑にしているだけ。学校教育は大人と子どもが出会う場でのコミュニケーションなのだから、人と人のコミュニケーションの基本に戻ることと、学校を出たあとの社会の不安定、不透明さが、大人にも子どもにも不安を与えていることをしっかり認識すべきことだと思う」
このほかにも考え方の近い(同じではない)意見がいくつかあります。
"行ってゴマ夏をぶらぶらと葉が茶色である"
私は不登校の子どもを学校がどう受け入れるか、あるいは受け入れないかをかつて見てきたことがあります。教育委員会はそこに「相談学級、適応指導教室」を設けたのです。それに関して私は一方ではそれを評価しましたが「根本的には問題ももっている」と指摘しました。「たとえば、登校拒否の子どもへの教師(学校)としての指導を放棄し、相談学級に入れて一見落着する。すべての学校、学級で登校拒否の子どもに対応する方向が必要なのに、相談学級にその役割を負わせ、一般の学級は登校拒否の子どもが提出している問題を素通りする」(『登校拒否関係団体全国リスト』(1997-98年版)。
発達障害に関しても実は同じことが生じつつあるように思います。まず心身の障害者が小学校・中学校とは別の学校(養護学校)に移されました。それはしかし、それまで就学免除という名の学校教育から除かれていた障害者を可能なかぎり就学に結びつけようとする点で前進でした。ところがこの心身障害者でつくられた、小学校・中学校とは別枠での受入れ方式が、不登校の子どもたちにも設けられたのです。それが「相談学級、適応指導教室」です。
おそらくこの時点で、40人学級の見直しとか、受験・進学指導中心の学校教育の方向にブレーキをかけ、人間教育を図る方向に転換すべき機会にすればよかったのですが、それを温存したままの施策が適応指導教室です。もっともこれは当時の文部行政だけの動きではなく、政治的動向、または国民的な願望がそのように働かなかったことと関係しています。
理念としては、すべての不登校の子どもを学校教育とのつながりのなかで、学校自体を改革・改善していく方向と結びつけて対応すべき事柄でした。極論をいえば、小中学校全体が、フリースクール化すればよかったわけですが、もちろんそうはなりませんでした。基本的には小中学校は変わらなかったのです。
そのことが一方では、学校教育の現場をさらに荒廃させ、他方では、フリースクール等の民間教育を少しずつ広めていきました。適応指導教室は、当時の文部行政の主流から少し距離をおいて、この民間教育の動向をとり入れようとしたものと見受けられます。
適応指導教室は完全に無意味だとは思いません。それは、身心障害者のための教育機関(養護学校)が小中学校とは別につくらたことの、より小規模な亜流としての意味を認めていいと思います。小中学校の改革・改善だけでは不登校の子どもを全体においつかない内容があり、それは特別な施設を必要とするからです。
しかしもう一度くり返しますが、学校を改革すれば相当に不登校の子どもは通学できる内容になります。不登校の子どもに対応しようと学校全体と社会が変わっていくことが基本に求められていたのです。
(5)サポート校などが発達障害の受入機関に
今回の調査アンケートをみて、発達障害という視点、それに対応しようとすることの前向きな意見もいろいろあります。私からすれば、それは不登校に対して適応指導教室が何らかの意味をもちえたように、発達障害への対応のしかたは、子どもの教育や発達支援にとって意味があります。その受け皿にフリースクールやサポート校や技能連携校がなったのです。
「チャレンジスクール(東京都立の昼間定時制高校)に不登校生が移行したことにより、サポート校が軽度発達障害に関するハードルを下げざるを得なくなり、健常者と一緒に学ばせたいというニーズが増えた」
この回答はいろいろなことを教えてくれます。その中で1点をあげましょう。民間教育機関の先駆性です。その背景には生徒獲得という教育機関を存続させる絶対的条件があります。その存続のためにより困難をもつ子どもへの対応に乗り出していく気構えが民間教育機関にはあるともいえます。次の回答はそれを引ぐ意味があります。
- 「障害を持つお子さんを健常児との集団に入れる必要はない。親のエゴで、集団に、皆と同じにと願いことも多いが、子ども自身は通常学校に通いたいと思っているのか。経済的な問題で公立に通われることが家計は助かります。公立で受入れ校幅を広げ支援体制を充実されるのであれば、民間機関に助成金などの支援も行っていただきたい。むしろ民間機関の方が対応しやすいのではないかと思います」
この回答の最後のところが、前の回答をひきつぐわけです。公教育は平穏な時代にはいいのですが、今日のような子どもの状況に大きな影響を及ぼす変化の時代には、対応の遅れや不手際が目立ってしまう、といっておきましょう。
フリースクールなどNPO的な取り組みは、公的(official)な動きがとれないときに、個人(privete)の変化に対応する中間的なpublic(適当な日本語がないのですが)な役割をする。その一端も見ることができます。
(2008年12月執筆・HP掲載)
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